8月19日を最後にしばらくブログをご無沙汰していました。
私事に仕事に忙しくしていると、酷暑の夏から立冬を過ぎていつの間にか冬の気配が濃厚になったことで衣替えを通じて季節の変化を実感する。
何とも時の経つのが早いことか。
閑話休題
この極私的映画録はサブスクの残り期間の7月こそ16本記録したが、8月7本、9月5本と少なくなった。
計28本、前回(7月20日ブログ)では46本見たことからすると大幅減だが、見た作品のコメントを書く手間を考えるとこれ位がいいのかもしれない。
いつものことだが、記載する対象は今年公開されたものに限らず、製作年度、公開年度は無限定。
その中で自分なりに高評価だったもの(再見のものは〇を付した)を以下に記録した。
個々の作品についての詳細なコメントは、キネノートさんに記録してあるのでこちらには詳しくは書かない。
興味のある映画があったら、そちらも覗いてみて下さい。
7月
ソウルの春(2023韓)
茶飲友達(2022日)
関心領域(2023米・英・ポ)
次点
ブラッド・ダイヤモンド(2006米)
あんのこと(2024日)
8月
なし
次点
ミッション・インポッシブル/デッドレコ二ング PART ONE(2023米)
9月
紳士協定(1947米)〇
ブラデイ・サンデー(2002英・アイルランド)
7月
「ソウルの春」についてキネノートに書いたコメントを以下の通り引用します。
1979年10月26日、韓国の独裁者だった大統領パクチョンヒが側近に暗殺された事件は、当時日本の新聞の1面に大きく掲載されたトップニュースだった記憶がある。
その当時の韓国は近くて遠い軍事政権の国で、経済的政治的つながりは濃かったが一般的にはマスコミの情報は多くなかったように思う。
その後同年12月12日に韓国にクーデターが起こり再び軍事政権になったニュースを耳にした。
本作のタイトルは10月26日の独裁軍事政権の終焉から12月12日のクーデター成功による独裁軍事政権の復活までの短い期間とクーデターの舞台である首都ソウルを象徴している。
そしてこの成立した軍事政権がその後長く光州事件や多くの民主化運動を弾圧してきたことが現代において多くの映画やメデイア報道で知られるようになった。
この長い冬の時代になった契機となったクーデターの全貌をテンポよく描くことで、民主主義体制の意義と責任を再認識させる力作である。
クーデターの首謀者チョン・ドゥファンが失敗すれば反逆罪、成功すれば革命だと嘯くシーンが印象的。
彼を演じるファン・ジョンミンは悪役ながら見事だった。
黒歴史でも次代に伝える志とエンタメとしての韓国映画の力量を今更ながら感じさせる作品だった。
「茶飲友達」は、茶飲み友達募集と新聞に3行広告を出し、高齢者の男性会員を1000名以上も集めて売春をしていた組織の経営者が買収防止法違反で逮捕された実際にあった事件を元ネタにしたもの。
老い、孤独、死の間で煩悩に苛む男と「女は灰になるまで女」を具現化したような世界に生(=性)の躍動と無常を同時に感じた。
「関心領域」は、第2次世界大戦下のユダヤ人の大量虐殺が実行されたアウシュビッツ収容所に塀を隔て隣接する居宅に住むナチスの収容所所長一家の生活から伝わる異常が日常となる狂気を虐殺シーンを一切見せることなく見事に描いた問題作。
9月
「紳士協定」は、反ユダヤ主義を題材としながら、広く差別に対する反対する態度の裏側に潜む建前と本音が併存し、タブー化された暗黙のルール(=紳士協定)を見事に適示する。本作は1947年に製作されたが、日本の劇場公開は1987年だった。
「ブラデイ・サンデー」についてはキネノートに書いたコメントを以下の通り引用します。
歴史や過去の事件から学ぶ方法の一つとして映画や映像記録が有益なことは今更繰り返すまでもないことだが、本作はそれを再認識させてくれる。
今から30年以上前私がヒースロー空港で入国検査を受けるときにIRAのテロがまだ収まりきっていない頃で警備がものものしかったことを思い出す。
ただその頃のバブル景気に沸き立つ国から来た若造にはその事情の深刻さは理解していなかった。
本作は北アイルランドの領有をめぐるイギリスとアイルランドの紛争(北アイルランド紛争)を背景として、1972年1月30日北アイルランドのデリーで、地元選出の北アイルランド議会の議員だったアイヴァン・クーパーをリーダーとした一般市民を中心とした「公判なしの拘禁」政策に反対するデモ行進に対し、イギリス陸軍落下傘部隊が丸腰の市民に対し発砲し14人が死亡、13人が負傷した。
「血の日曜日事件」と呼ばれ本作のタイトルにもなっている。
本作はこのデモ行進を公民権運動として企画実行する市民たちと治安維持と公民権を抑圧するイギリスの好線派の治安部隊が対照的に交互に描かれつつ、クライマックスで一般市民に対する発砲から虐殺、死体に爆弾を持たせるなど偽装工作まで描かれ、事件後の査察でも偽証を繰り返す。
事件直後に開かれた裁判ではイギリス軍は無罪判決。
挙句の果てに軍隊は女王陛下に勲章を受けるという注釈がつけられる。
事件後主催者の1人クーパーはIRAのシンパが増えることを予言する。
事実そうなった。
本作は2002年公開されたが、1998年からトニーブレア政権で独立調査委員会が発足し事件の再調査を開始した。
2010年調査報告書が発表され、イギリス政府として下院でキャメロン首相が謝罪した。
本作のエンディングで流れるU2の”Sunday Bloody Sunday”の重さと余韻は鮮烈だった。
今年もあと2ヶ月を切った。
いい作品に出会えることを楽しみに映画の旅を続けることにしよう。