エンコルピオのブログ

日々のあれこれと趣味のことを徒然なるままに記す

サッカーワールドカップ2022ドイツ戦を見た後で

11月23日日本代表チームは、サッカーワールドカップ2022ドイツ戦を見事逆転で歴史的勝利をものにした。
素晴らしい。
是非グループステージを突破して、できればトーナメントでベルギーを撃破し、ロシア大会のロストフの悲劇をドーハの歓喜に発展してもらいたい。


それにつけても前半の苦戦から後半の5バック更に3バックとシステムを超攻撃的に変更した森安監督の戦術は見事だった。
今までの予選での同一人物とは思えない(もちろん途中短い時間3バックを試したりはしていたが)くらいの戦略で、これに呼応した選手たちも見事だった。


かくも監督とは戦略、選手起用に重大な影響をもたらす存在だということを再認識したTV観戦の直後、オシムの国のW杯という番組の再放送を感動の余韻の流れで見てしまった。


サウジアラビアと違って勝利の翌日祝日で休みにならない国では、早く寝なければいけないのになあ。


たまたま先日、「サラエヴォの銃声」、「キリングゲーム」とボスニア戦争がらみの映画をたて続けに見た(これらの映画については別途キネノートにコメントを書いた。特に前者はこの地域の歴史を知らないと難解だが意欲的な秀作だ)こととオシムの日本代表チームから脳梗塞で離脱して故郷に戻った姿を懐かしく思ったから見たのだろう。


ボスニアヘルツェゴビナ代表チームは、その国の縮図のようにセルビア人、クロアチア人、ムスリムの3民族が共存する。
90年代、国内では内戦化し殺し合った民族がサッカーというチームゲームを成立させることができるのか?
国のサッカー協会までそれぞれ3つあって1本化しないと、ワールドカップに参加する資格を与えないとされ、ちょっと足が不自由で高齢のオシム自らが仲介する。
ムスリム出身とセルビア人の主力選手のそれぞれの家庭環境を映し出し、内戦の傷跡も垣間見える。
それでもオシムの国の代表チームはワールドカップに出場し健闘したのだ。
それをパブ?で多くの客と共に観戦するオシムの表情は感涙ものだった。
そのオシムも今年5月に亡くなった。 
追悼そして感謝。