エンコルピオのブログ

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「映画監督 小林正樹」を読み終えて

 「映画監督 小林正樹」677頁を読み終えた。


映画監督を扱った本は様々にあるが、本作の素晴らしい出来に感嘆した。
その著作に関してはブクログにもコメントを記しているので重複はしないが、映画監督である小林正樹の全体像と本人へのインタビューから作品に込められたメッセージや思いがより深く理解できたようで大いに感銘を受けた。


思い返せば小林監督の作品は1979年東京12チャンネル(今のテレビ東京)が1月2日に「人間の条件」を開局15年記念事業として全3作9時間31分をノーカット放映した際に見たことで大きな衝撃を受けた(念のためキネノートで確認した)ことに始まる。


正月早々かなりハードな内容の作品をよく9時間以上かけて見たものだと当時の若く体力と好奇心にあふれた自分を思い返した。


ただその後小林監督の作品を「人間の条件」以降見ていなかった。
その理由の一つが生涯製作された作品が22本という決して多いとは言えず、かつ後年は映画全盛時から後退期に入り映画の製作本数自体がめっきり少なくなったことも関係している。
また遺作の「食卓のない部屋」は製作者の意向で公開されないようにもなっている。
原作は円地文子で連合赤軍事件をメンバーの家族から描いた作品でメンバーを中井貴一が演じているそうだ。
親子関係を親は親、子は子と別人格として厳格に峻別する主人公の父親を仲代達矢が演じており、ぜひ見たいものだ。


今回本書を読む強いモチベーションがその仲代達矢主演の「切腹」を見た衝撃からだった。
橋本忍の巧みな脚本から撮影、美術、音楽といった映画の総合芸術たる所以を明快に伝えてくれた。
主演した仲代達矢も生涯の1本として選んでいます(「仲代達矢が語る日本映画黄金時代・完全版」より。これも映画好きには興味深い本です。)。


黒澤明の時代劇とは明確に異なるアプローチから結末に至るまで自らの知らなかった新しい邦画の魅力を感じた。
もちろん過去に見た「人間の条件」(ただ当時は小林監督の名前は意識しなかった)の印象も大きい。


次に「あなた買います」(1956年)を見た。
まだドラフト制度がない時代のプロ野球で有望な大学生の選手を獲得するために大人たち(家族も含む)の欲に絡んだ世界を描いていて、斬新な作品だった。


小林監督が国家、社会、組織と個人が対峙する中で制度規律との矛盾、良心との葛藤といった現代人にも通じるテーマを描いている。
また軍隊に入営した経験、捕虜として収容された経験がある戦中派として戦争下の人間を作品を通じて総括しようと試みたようにも思えた。


1980年代、小林監督は膨大なアメリカの記録フィルムを編集して「東京裁判」を発表した。
その作品も277分という長尺で公開当時は大きな社会的な反響があったことは記憶している。
おそらく当時の指導者たちのリアルな姿を記録として残すことは裁く者、裁かれる者を時の経過を経て総括する材料となるだろう。


まだまだ見たい作品があるのは楽しみだ。